国語的コミュニケーション能力を育て,生かせる単元
〔説明文〕
  意味段落に分けた後,各段落におけるポイントを個人で考え,
任意のグループでこれを整理し,全体を要約する。
 説明文は,要点をつかみやすく,
意見を構成させるにはもってこいの教材である。
 話し合いによる練り上げや要約も,慣れれば低学年(2年生)でも可能。
〔物語文〕
  個々の児童の感性を生かせるのはこの単元。
しかし,その分個人差も大きい。
 ややもすると,上位の子供達による意見交換会となってしまいがち…。
下位の子供達が物語の読み深め活動にどれだけ参加でき,
自分なりの考えを持ち,これを練り上げていけるか…が鍵である。
=実践例=
横断的学習」で実践。音読を「個人読み・グループ読み・一斉読み」で十分行った後,
「印象に残った登場人物」「著者の伝えたいこと」等に焦点を絞り考えさせる。
心情曲線」を媒体に考えさせると,低位に児童にも活動内容がわかりやすく学習意欲がわくようである。

〔作 文〕
  低学年において,
テーマを基に,全体で1つの作文を作り上げていくのも面白い。
 作文製作のプロセスがよく分かる。
各自の意見構成も話し合いも,意外に盛り上がる。

※ 国語的コミュニケーション能力は「言葉を楽しむこと」が根底にあり,相手への
 伝達意欲を高めていくことによって,徐々に身に付いていく力である。 
算数的コミュニケーション能力を育て,生かせる単元
〔数と計算〕
  「計算=練習」という方程式が一般的だが,
数の意味・式の意味を読みとる力がないと結局,
単なる「パターン暗記」学習でしかない。
そういう意味で
低学年から計算の意味を考えさせることはかなり重要であると思う。
 下位の子供達は次々と出てくる計算を
全く新しいものと考えがちである。
 そうではなくて,これらはいずれも関連性があるということに気付かせれば,
これが意見構成の為の情報となって,
思考の手助けとなってくる筈である。
〔図 形〕
  パズル的要素が加わっており,
実に興味関心を持たせやすい単元である。
その分,自力の意見構成もしやすい。
ただし,そのツボを教師サイドで確実についてやる必要がある。
まあ,どの教科・単元にも言えることだが…。
=実践例=
公式を考えよう」という課題で,台形の面積を考えさせた。
これまでの学習との関連性を持たせるために
三角形」「平行四辺形」「長方形」の公式をヒントとして提示した。
もちろん最初はじっくりと自己解決を試みる。
いくつかの考えが話し合われたところで
教科書に載っている公式「(上底+下底)×高さ÷2」と比較し始めた。
その後,「…×高さ÷2」というところに着目し,自分たちの考えの分析が始まった。
自分たちの考えを正当化させようと必死だった
もちろん他のグループとの情報交換も自由なので,そこからヒントを得るグループもあったようだ。
結局2つの考えに集約されたが,その課程で低位の児童も
「公式に頼らずとも計算はできるが,公式を覚えておけば楽なんだなあ…」
というのを感じ取ったようで,練習問題では「楽じゃ!」なんて騒いでいた。
「より効果的な考えに結びつける」という意味で成功?

〔文章題〕
  子供達は「文章読解」即「立式」という公式を高学年になるほど固めてしまう。
普段から文章をイメージ化・具体化させる習慣を身につけさせる必要がある。
低学年からの具体物操作やイメージ体験の充実が重要である。
無理だという意見もある。
 波に乗るまで楽ではないが,可能である。
期間的にはかなりかかるが…。

※ これは国語科ではなかなか身につけられないコミュニケーション能力である。
算数的コミュニケーションとは
言葉・意味(読解),
形式的操作(立式・計算)と
具体的・イメージ的操作を自由に行き来できる力を言う。

基本的には,どの単元でも実践可能である。
というより,実践していることである。
だからこそもっと内容を突っ込んで,全ての児童の意見構成過程に目を向けてみたい。
そうすることで,各児童の意見を大切にしながら,指導もできるし,
躓いた児童への配慮もより効果的になる。
課題をしっかり把握しないと意見を持つことが出来ない。
そうすれば,児童自身の意見交換ももっと活発になるはずである。
教え合い活動も,司会者をたてた形式的なものでなく
個々の児童の働きかけにより,自然発生的に出来るはずである。
☆彡
ここで上げた2つの能力を子供達が駆使できれば,
他教科における学習活動もかなりかわってくると思う。
「総合的教育」にはもってこいの資質だと思うが…。
☆彡
先にも触れたが
この考え方は,今までの教育と変わってないという人がいる。
確かにそう思う。しかし,今の子供達は知識が先行してしまい,
イメージや体験がそれについて来てないのも事実。
これこそ,かなり前から言われていたこと。
ここで紹介している考え方は,全ての児童を対象にし,
個々の子供達が自分の意見・考え方をいかに練り上げて相手に伝えていくかを目指している。
やってることは当たり前のことだが,
児童全体に目を向け,本当の意味での自己解決を味わわせることは
今の時代だからこそ必要なことだと考える…。
指導案のための,研究授業のための,人に見せるための授業はもう,やめにしたいものだ。
児童には「1つの種からたくさんの実を結ぶ木」の如くあって欲しい。
その為に必要なことは,年間を通した指導体制である。
指導案にあらわした授業が終わったら研究も終わってしまうようなものはおさらばである。
☆彡
次は各単元における児童の意見構成過程を考えて見たい。
☆彡

モデル
別に秘密ではありませ〜ん

ここに至るまでに,やはり頭を悩ませたのが「教師の関わり方」である。
自分の受け持つ児童の様々な意見構成の過程をしっかりと把握し利用することで
基礎学力の確実な定着や各教科におけるコミュニケーション能力のアップが期待できると共に,
更には,教科の壁を越えたコミュニケーション能力も期待されると考える。
これこそ,総合的学習の基礎にあたるような気がする。
ただし
一口に「全ての児童の意見構成過程の把握」と言ったが,
これは,現在学校で行われている主題研究のように,たかが1年に1度や2度の授業研,
ましてや,一人1授業というようなことでは決して達成できるものではない。
1年間なら,その1年全ての日数を,クラスの児童と向き合っって取り組まないと
到底達成できるものではない。
そもそも,この研究の実践において重要視しているのは,
「クラスの一人一人の実態に合わせて」
各児童の意見構成の過程を考慮した授業の展開である。
故に,同僚の授業を参観する際も
そのクラスの実態(教師の癖・児童の癖も含めて)をしっかりと把握した上で
参観しないといけなくなる。
従って,そこには「いい授業例・授業技術例」など無意味になる可能性もある。
つまり,
他の指導者では口の挟みようのない教師と児童の関係がそこに存在してくるからである。
それだけに指導者における日々の研修がこれまで以上に要求されてくる。
…それでは各教師好き勝手にやって良いのか?
年がかわって担任がかわると大変じゃないのか?
という心配も出てくるだろうが,それは違う。
基本は,「児童理解」であり,指導者による「洗脳」ではない。
「児童理解」を基に実践すれば,自ずとクラスは1つの流れにのるものである。
となると,引継もそう問題にはならない。
☆彡
話がそれてしなったような気がするが,とにかくこの研究におけるキーワードは
先に述べた
「意見構成過程の重視」
「各教科におけるコミュニケーション能力」
「教師の関わり方」

「児童理解」
である。
この研究ももう半年になろうとしているが,
頭で分かっていても思考の切り返しが難しい…というのが正直な感想である。
教師という仕事のサガであろうか?理論が先走ってしまう…。
いかんいかん。

(H10,11,12)
この実践で,改めて個人差の大きさを実感した。これは,これまでの積み残しが大きな原因で,
それに加えて,児童自身,学ぶものすべてが「真新しいもの」だという誤解が
更に学習意欲を削いでいたと考える。
実際,そういう気風にしたのは私たち教師なのかもしれない。

今回の研究進めていくに当たり,研究体制の見直しという点でも進展があったと思う。
これまでの授業研前に集中して行う研究を見直し,
「まるまる1年間かけてクラス児童を見つめて,支援していく」
という当たり前のことから,
「教師自身の研究と実践の必要性」と「前後の学年との系統性を考慮」
することの大切さを再認識できた…という点である。
しかし
残念ながら個人研修という言葉を投げかけると
「自分だけでは検証できない」「成果がでない」「進展がない」なんていう人もいる。
果たしてそうだろうか?
実践してみて疑問があったらなら,定期的または臨時で開かれる全体会でその疑問をぶつけてみて
検討してもらってもいいと思うのだが…。

この研究もいよいよ1年になる(個人的には3年)。次は成果と課題,
そして今後の方向性について考えてみたいと思う。

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2学期最後の主題研ということで…確認も含めて
 
T 研究主題
自分の考えをしっかりと持ち,友達の考えを大切にしながら考えを深め,広げていける児童の育成
U 研究仮説
○ 学習課題を児童自身がしっかりとつかむことが出来れば,学習意欲が高まり,
 自分なりの考えを率先して構成していくことが出来る。
○ 自由に意見を出し合える雰囲気をつくり,自分の考えを深め,広げていく学習
 展開を工夫していけばコミュニケーション能力が育成できる。
V これまでの研究内容は…
@:個々の児童の意見構成課程を出来る限り予測し,本時の学習課題を達成する為に効果的な
 コミュニケーションの場はどんなものがいいかを考えてきた。
A:全ての児童を対象に,意見を出しやすくするための「内面的環境」をクラスの実態にあわせて整えてきた。
B:コミュニケーション活動中の教師の支援の在り方をクラスの実態に応じて考えてきた。
  →(自己解決の時間を十分に保証することは,自分を理解するという点で効果的)
C:実践予定の単元のどの場面で意見を揉(も)ませ,課題へと結びつけさせたいのかを事前にしっかりと
 把握するために,「児童の意見構成課程の予想」という形でレポートを作成し,学習内容の焦点化をはかった。
 →(この場面をこの視点で話し合わせれば,より効果的に学習課題へと意見を結びつけることが出来るのでは
  …という予想:コミュニケーションの場の設定)
D:レポートをもとに,各クラスの実態に合わせた実践をしてもらった後に,学年または個人で,その実践の成果と
 課題を考察した。(個人研修の実践)
W こういった研修課程の中で再確認できたことは…
@:児童自身の意見構成力を育てていくためには,「自己解決学習」を十分に保証してあげることが大切である。
A:「コミュニケーション能力」を育成するためには,1単元だけの実践では身に付かないという点において,
 学年間の系統性,または,各クラスの実態に合わせた年間を通しての実践計画が必要であるということがわかった。
B:意見を出しやすい雰囲気というのは基本的なことだが,やはり大切なことだということがわかった。
C:「コミュニケーション能力」は単なる話し合い活動ではなく,それぞれの教科(本年度は国語・算数)で求められる力
 が変わり,単元でもまた変わるということを再確認できた。→「コミュニケーション能力」は,どの教科でも活用できる。
X そこで…今後の課題は?
@:教師自身がその教科で求められているコミュニケーション能力がどんなものかを的確につかむことが大切。
  (…他教科のコミュニケーション能力はどうなっているのか?)
A:単元,または,学習活動のどの場面でこれを設定すれば,より効果的に学習課題へ結びつけられるかをつ
 かむことが大切。(どんな場面で?どんな課題で?)
B:1年間の流れをどのように設定すれば,各教科における「コミュニケーション能力」を育てていけるか?
  (1学期は?2学期は?3学期は?…クラスの実態と発達段階に合わせて)
C:個々の自己解決力を養っていくために必要な年間を通した支援と評価の在り方は?

この1年は「各教科におけるコミュニケーション能力」を見極める為に,教科を国語と算数に絞って研究してきた。
このコミュニケーション能力の根本は,やはり,「構成主義的教育観」にあると感じた。
「意見構成」の過程をあらゆる児童の実態を基に洗い出し,全ての児童が自己解決を繰り返しながら,
それぞれの意見を深化させ,課題に向かって結びつけていくという過程がこれに当たる。
私たちはついつい時数を気にしすぎ,または学力の低下を心配し,
知識の詰め込みやパターン学習の道を選んでしまいがちだが,実はそれはその場しのぎの方法でしかない。
この流れを繰り返すと,子供達にしてみれば全てが全く新しいもので,「また覚えていかないといけない…」
という負担ばかりが強調されてしまって結局落ちこぼれてしまう。実はどの単元も関連があるというのに…

コミュニケーションの時間と場を設けるということは,その時点で自分をオープンにする必要がある。
また,自分だけでなくクラス全体がオープンでないといけない。
そうすることで,ある者は今何をやっているのか,自分はどこでわからなくなっているのかを再認識でき,
ある者はどう説明したら相手に理解してもらえるか,どういう手段を使って教えようか…
と更に自分に磨きをかけることもできると考える。
確かに個人差はある。個人差はあるが,その時間の中で少しずつ理解が深まっていけば,
必ずどこかで波に乗れるである。それを信じて教師は指導のポイントを見逃さずに
長期間支援していくことが大切なのだと思う。
となると,やはり個人研修の大切さを痛感せざるを得ないところである。
いよいよ持って,もっとじっくりと取り組める時間がほしい…そう感じる。
今度の学習指導要領に期待したいところだが………ううん

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